2013年09月28日

秋の味覚を拾う

今日はふと思い立って、神社に遊びに行ってみました。
この時期になると、もう銀杏が落ちているのです。
先日は強風だったため、かなり沢山落ちていました。

ぎんなん3.JPG



オイラが小さい頃は、この近所の方々もまだまだお元気で、
皆さんこぞって拾いに来ていました。
ちょっと風が吹けば皆が動きを止めて空を見つめ、
ギンナンが落ちた処へ一目散。
相手が子供だろうと容赦なく競い合っていました。
殆ど収穫がない日なんてザラにありました。。。

それが今や、周辺の皆さんは高齢になり、
ギンナンを拾いには出かけなくなってしまいました。
ここで人と遭遇するのも稀となってしまいました。
たま〜にお散歩に来られる方々が仰います。
「昔はよく拾ったけれど、拾うのも洗うのもしんどくて…」

たしかに、今のオイラにとってもキツイ作業。
腰や腿が筋肉痛に襲われるもの(T▽T)
外で洗うのも激烈寒いし、ほんと一苦労。
でも、この苦労を乗り越えれば『美味しい』が待っている。


せっかくいっぱい実っているのに、
誰も拾いに来ないので、毎年大量に落ちたまま。
銀杏の木も、人が集まらなくて寂しそう。。。


いつもお世話になっている銀杏の木です。
手で触れてみると暖かくて、
とても心地よい素敵なエネルギーを感じます。

ぎんなん2.JPG



この神社は、年々木々が減らされていっています。
昔は鬱蒼としすぎていて、一人で拾っていると怖くて怖くて
女子には堪らなかったものでした。
変な人がタムロするような場所だったためか
(地元高校のヤンキーとかとかね)、
犯罪防止策で採光を取り入れることとしたのでしょうか。

神社はすっかり明るくなってしまいました。
後ろ側は全て木と藪で、光なんて全く見えなかったのに。
(矢印は銀杏の木)

ぎんなん1.JPG



明るくなって良いにはよいのですが、
何もしていない木が切り倒されてしまうのは悲しいことです。
数年前にお気に入りの大木が切られていた時は、
あまりのショックに失神しそうでした。

神社の入り口にある銀杏の木もまた、
隣家の敷地への実の落下がクレームの対象となってしまったのか、
枝がバッサリと切られていました。
ある程度の大きさの実が着いた状態で…。
せめて実る前に切られたのなら、
銀杏もそれなりの準備ができたでしょうに。。。

ぎんなん4.JPG



この家の主も世代交代して、
家の周辺を明るくしたかったのもあるのかも?
神社同様に、昔は藪と木々で埋もれたお宅でした。

ぎんなん5.JPG



弱りつつある銀杏の老木に光を当てるべく、
管理の手を入れたという線も考えられるけれど、
神社って、明るいと神様が降りてこられないんですよね。
だからあえて鬱蒼とした環境に造ってあるのだとか。。。


ハート
anigif.gif














posted by Misuzu at 21:30| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
我が家のすぐ傍にも巨大な銀杏の木がある神社があり、空き地でよく兎のケンタと遊んだものでした。

ところが、数年前に行くと、巨大な樹が、切り株だけになっている。
なんでも、近所の人が銀杏を拾いに来て、
そこで外側の実を廃棄し、中身だけ持って帰るので、悪臭とゴミに悩んだ結果だとか。
一部の心ない人のために、何十年も生きてきた巨木が消えた…とてもショックでした。
Posted by Edy at 2013年09月30日 18:58
ショックですね。信仰心も薄れて来て、地域の中で神社の役割が薄れているのかな? 蚊が出るとか日当たりがとかそんな理由で…大木の存在理由は建物の修理の材料だったり神様が宿っていたりと様々、なのに、日本人の心が薄くなって行くのが悲しいです。
何言ってるのかわからなくなったよ〜(^^;;
Posted by marunana at 2013年10月01日 11:10
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